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福岡高等裁判所 昭和44年(ネ)451号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人らは各自被控訴人金田マツに対し金四五万五、五五五円同竹田幸子に対し金九一万一、一一一円及びいずれも右各金員に対する昭和四三年六月八日から右各支払済みまで夫々年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人らのその余を控訴人らの各負担とする。

この判決は、被控訴人らの勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

(控訴人ら)

原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決

(被控訴人ら)

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

(三)  原判決の主文第一項を次のとおり変更する。

控訴人らは各自被控訴人金田マツに対し金四八万八、八八九円、同竹田幸子に対し金九七万七、七七八円及びいずれも右各金員に対する昭和四三年六月八日から右各支払済みまで夫々年五分の割合による金員を支払え。

との判決及び右(三)項につき仮執行の宣言。

第二、被控訴人らの請求原因

一、(事故の発生)

訴外金田一人(以下一人という)は昭和四二年五月二〇日午後〇時一五分頃熊本市京町一丁目五〇番地の熊本地方検察庁正門前の国道三号線の横断歩道(以下本件横断歩道という)上を東から西に横断歩行中、控訴人坂本政利が軽四輪乗用自動車(八熊き六三三八号)(以下本件自動車という)を運転して、同市京町本丁方面から同市千葉城町方面に向つて北から南に右横断歩道内に進入して来たため、右自動車の右側前照灯を一人の右大腿上部に衝突させて同人をその場に突倒し(以下これを本件事故という)、よつて同人に対し入院治療約一〇ケ月間及び退院治療約六〇日間を要する右大腿骨転子間骨折の傷害を負わせた。

二、(控訴人らの責任原因)

(一)  控訴人政利は本件自動車を運転して本件事故現場を通過しようとしたのであるが、右現場は一直線の平坦な国道で見通しもよかつたから、自動車の運転者としてはたえず前方を注視して前方の横断歩道上に通行人を認めたときは直ちにその手前で一時停止する等して、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにも拘らず、控訴人政利は不注意にもこれを怠り、漫然と自動車を運転して本件横断歩動内に進入した過失によつて本件事故が発生したものであるから、民法七〇九条に基き、一人が本件事故によつて被つた損害を賠償する義務がある。

(二)  また控訴人坂本和子は同政利の妻で本件自動車の所有者であり、自動車登録原簿にも右自動車の所有者として控訴人和子の名で登録されて居り、本件事故当時自己所有の右自動車を運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条本文に基いて一人が右事故によつて被つた損害を賠償する義務がある。

三、(一人の被つた損害)

本件事故によつて一人が被つた損害は次のとおりである。

(一)  治療費等 金一六万六、六六七円

(1) 昭和四二年五月二〇日から同月二三日までの間の杉村病院における入院治療費 金二万二、六三〇円

(2) 同年五月二三日から同年九月二日までの間の熊本大学附属病院における入院治療費 金一五万六、六三七円

(3) 右病院入院中の同年五月二七日から同年七月一〇日までの間の付添人のための費用 金三、六〇〇円

以上の合計金一八万二、八六七円のうち金一六万六、六六七円

(二)  逸失利益 金六〇万円

一人は弁護士であるが、本件事故により昭和四二年五月二〇日入院して以来同年九月二日に退院した後も自宅療養中の同年一一月一〇日までの間は下肢の各関節硬直のため歩行不能で殆ど臥床し、僅かに松葉杖を頼りに歩行訓練をして過したが、その後もなお心身の状態が十分でないため、弁護士業務に従事できなかつた。しかし一人は本件事故がなければ弁護士業務に従事して、右事故後一年間に少くとも一ケ月に平均五万円以上の収益を得ることができたから、結局一人は本件事故によりその後一年間に金六〇万円の得べかりし利益の喪失による損害を被つた。

(三)  慰藉料 金三〇〇万円

一人は本件事故による傷害のため疼痛が激しく、当初は不眠絶食起居不能の状態で絶対安静を要し、整骨不全の場合や余病併発等の危惧に曝されながら治療を受けたが、整骨のための鋼線牽引器具を取除かれるまでの八〇余日間の肉体的精神的苦痛は極めて大きく、また整骨後も下肢関節等の硬直化の後遺症治療の際には堪え難い痛みがあり、心身ともに疲労困憊した容態のまま退院し、自宅で左右下肢の各関節の機能障害の治療等を続けたが、その後もなお右下肢の硬直は完治せず胡座不能で右足の歩行も不自由な状態であつた。

このため、一人は右療養期間中弁護士の業務からはもとよりその他の公職からも疎外されて、一般に再起不能とみなされたうえ、近親者や知己に迷惑をかけたための心痛や家族の悲歎等も忍び難く、その精神的打撃は甚大である。

右のように一人は本件事故によつて多大の精神的肉体的苦痛を被つたので、これに対する慰藉料は金三〇〇万円が相当である。

以上のとおり一人は本件事故によつて合計金三七六万六、六六七円の損害を被つたが、その後自動車損害賠償保障法による保険金三〇万円を受取つたので、右損害額からこれを控除すると結局一人は控訴人ら各自に対して右損害金の残額金三四六万六、六六七円、及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四三年六月八日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する権利がある。

四、(被控訴人らの相続)

しかし一人は昭和四四年六月一二日死亡し、被控訴人金田マツは一人の妻として、同竹田幸子は一人の長女として、夫々法定相続分に応じて一人の権利を相続したので、原判決で認容された一人の控訴人ら各自に対する金一四六万六、六六七円の損害賠償請求権及びこれに対する前記遅延損害金請求権については、被控訴人金田マツはその三分の一の金四八万八、八八九円同竹田幸子はその三分の二の金九七万七、七七八円、及びいずれも右各金員に対する昭和四三年六月八日から右各支払済みまで夫々民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を相続によつて取得したので、控訴人両名各自に対してその各支払を求める。

第三、控訴人ら両名の答弁

一、請求原因一及び二の(一)項の事実中、被控訴人ら主張の日時場所において控訴人政利が本件自動車を運転中に本件事故が発生した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故当時一人は道路の中央線付近に佇立していたので、控訴人政利は、通常自動車の運転者がそうするように、一人が静止したまま車両の通過を待つものと信頼して軽速度でその後方を通過しようとしたところ、一人が突然一、二歩後退して本件自動車の前部付近で自ら尻餅をついて倒れたものであり、控訴人政利が本件自動車を一人に衝突させて突倒したものではなく、本件事故は一人の自損行為である。

二、請求原因二の(二)項の事実中、控訴人和子が同政利の妻であり、かつ本件自動車の所有者として控訴人和子の名で登録されていることは認めるが、その余の事実は否認する。

控訴人和子は夫の同政利が多額の債務を負つているためやむなく本件自動車の単なる所有名義人になつているにすぎず、控訴人政利の本件自動車の運行につき指揮命令監督等の運行支配権は有せず、また名義貸しによる経済的利益も得ていないので自動車損害賠償保障法三条本文にいわゆる運行供用者に該当せず、名義貸人としての責任を負う理由もないから、控訴人政利の本件事故による損害を賠償する義務はない。

三、請求原因三項の事実中、一人が本件事故による傷害の治療費等として金一六万六、六六七円を支払つた事実及びその後同人が保険金三〇万円を受取つた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

四、請求原因四項の事実中、一人が被控訴人ら主張の日に死亡し被控訴人金田マツが一人の妻として、同竹田幸子が一人の長女として夫々法定相続分に応じて一人の権利を相続した事実は認める。

第四、証拠関係〔略〕

理由

一、本件事故発生の状況

被控訴人ら主張の日時場所において、控訴人政利が本件自動車を運転中に本件事故が発生したことは、当事者間に争がない。

そして〔証拠略〕によれば、控訴人政利は前記日時頃本件自動車を運転して、熊本市京町本丁方面から同市千葉城町方面に向つて北から南に国道三号線の道路上を時速約三五キロメートルの速度で進行中、約二〇余メートル前方の本件横断歩道上を東から西に横断歩行中の一人を認めて、時速約二〇キロメートルに減速して同人から約八メートル余付近まで進行したところ、同人が前記千葉城町方面から進行して来た自動車(以下本件対向車という)の通過を待つため道路の中央線付近に一時立止つたこと、そこで控訴人政利は、一人のすぐ後方を通過すべく同人から約三メートル余に接近したところ本件対向車の通過後更にその後方から道路の中央線寄りに大型貨物自動車が進行して来たので、一人がこれとの接触を避けるべく後向きのまま数歩後退したため、控訴人政利は直ちに急制動の措置をとつたが及ばず、本件横断歩道上で本件自動車の右側前部付近を一人に衝突させて同人をその場に転倒させ、よつて同人に対し、同日から同年九月二日までの約三ケ月と一三日間の入院治療及びその後も相当長期間の自宅療養を要した右大腿骨転子間骨折の傷害を負わせたこと、なお本件事故現場は、幅員約九・八五メートルのアスフアルト舗装の平坦な国道で見通しもよく、自動車の往来が頻繁であることが認められ、〔証拠略〕中、以上の認定に反する部分は前掲各証拠に照して採用し難く、他に以上の認定を覆すにたりる証拠はない。

二、控訴人政利の責任

そして以上のような本件事故発生の経過からすれば、一人は本件横断歩道上を通行中であつたから、控訴人政利としては本来右横断歩道の直前で一時停止し、かつ一人の通行を妨げないようにすべき道路交通法上の義務があるうえ、本件事故当時一人は本件対向車の通過を待つために道路の中央線付近で一時立止つたものであり、しかも右対向車の後方からは更に大型貨物自動車が進行して来ていたのであるから、一人がこれとの接触を避けるために後退することも予想されたものというべきであり、従つてこのような場合には、自動車の運転者たる控訴人政利としては、右対向車の後続車の有無を確認して、もし後続車がある場合には、直ちに本件横断歩道の手前で一時停止するか、または少くとも一人の動静に十分注意して、同人と相当の間隔を保つて道路の左側に寄つて徐行する等して、同人との接触等による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものと解すべきである。しかるに控訴人政利は不注意にもこれを怠り、本件横断歩道の直前で一時停止もせず、また一人が道路の中央線付近で立止つているのを認めて同人が本件対向車の通過後更に前進するかまたは少くともそのまま静止しているものと軽信して時速約二〇キロメートルに減速したまま同人のすぐ後方を通過すべく漫然と進行した過失によつて本件事故が発生したものと解される。そして前認定のような本件事故当時の状況からすれば、控訴人ら主張のように、一人が道路の中央線付近で一時立止つたとしても、同人がそのまま静止して車両の通過を待つものと信頼することが自動車の運転者として通常無理からぬものであるとは到底解し難いから、結局控訴人政利は民法七〇九条に基き、一人が右事故によつて被つた損害を賠償する義務があることが明らかである。

三、控訴人和子の責任

控訴人和子が自動車損害賠償保障法三条本文にいわゆる本件自動車の運行供用者に該当するか否かについて検討するに、控訴人和子が同政利の妻であり、かつ本件自動車の所有者として控訴人和子の名で登録されていることは当事者間に争がない。そして〔証拠略〕によれば、控訴人和子は、夫の同政利がかねて経営していたキヤバレーが倒産して債務を負つていたため本件自動車の所有名義人になつたものであり、かつ実際には控訴人政利が右自動車を使用していたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

そして以上のような各事実からすれば、自動車登録原簿への登録は自動車を運行の用に供し、かつその所有権を第三者に対抗するための要件であるから、控訴人和子は同政利に対して、本件自動車を買受けるための信用を供与し、或いは控訴人政利に対する他からの強制執行を免脱し、または損害賠償責任を回避する等の目的から自己の名で本件自動車の登録をしたものと解され、従つて控訴人ら主張のように、控訴人和子が本件自動車の単なる使有名義人にすぎなかつたとしても、控訴人政利と同和子は夫婦として生活を共同し、互に協力扶助すべき客観的には一体の間柄にあり、かつ控訴人和子は同政利に対して本件自動車の所有名義の使用を許諾する等の関係を通して現実に控訴人政利の仕事に協力し同控訴人が右自動車を運行の用に供することにも協力して来たものというべきである。

従つて以上のような本件自動車の所有及び使用関係等に即して判断すれば、右のような関係の客観的外形的な面からして、控訴人和子も控訴人政利とともに両者一体となつて同控訴人の本件自動車の運行に対する支配権を有して居り、かつ右自動車の運行による利益を享受する立場にあつたものと解されるから、このような場合には控訴人和子も自動車損害賠償保障法三条本文にいわれる自己のために本件自動車を運行の用に供していた者に該当するものと解するのが相当である。

そして本件自動車の運行によつて本件事故が発生し、一人に前記のような傷害を負わせたものであること、及び右事故は本件自動車の運転者である控訴人政利が自動車の運行に関して注意を怠つた過失によつて発生したものであることはいずれも前認定のとおりであるから、結局控訴人和子は自動車損害賠償保障法三条本文に基き、一人が本件事故によつて被つた損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。

四、本件事故により一人の被つた損害

一人が本件事故による傷害の治療費等として金一六万六、六六七円を支払つたことは当事者間に争がない。

そして〔証拠略〕によれば、一人は弁護士であるが、本件事故により昭和四二年五月二〇日入院して以来同年九月二日に退院した後も引続き自宅療養を続け、翌四三年二月頃までの約一〇ケ月間弁護士業務に従事することができなかつたが、同人は本件事故がなければ右期間中弁護士業務に従事して、一ケ月に全収入から諸経費等を差引いて約五万円の割合による合計金五〇万円の純収益を得ることができ、従つて結局一人は本件事故により右期間中に金五〇万円の得べかりし利益の喪失による損害を被つたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

また〔証拠略〕によれば、一人は本件事故当時七六才で、右事故による傷害のため当初は痛みが激しく、歩行や起居動作も全く不能な状態で絶対安静を要し、鋼線牽引等の治療を受けてなお完全に治癒しないまま退院し、その後も同年一二月頃までの間は通院治療を続け、更に前認定のとおり翌四三年二月頃までは弁護士の業務にも従事できない等して、長期間にわたつて多大の精神的肉体的苦痛を被つたことが認められ、従つて以上のような一人の年令、職業、本件事故による傷害とこれによる苦痛の程度に前認定のような右事故発生の態様、その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、一人が本件事故によつて被つた精神的肉体的苦痛に対する慰藉料は、原判決認定の金一〇〇万円を下らないものと認めるのが相当であり、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。

そうすると結局一人は本件事故によつて以上の合計金一六六万六、六六七円の損害を被つたことが明らかであるが、その後同人が自動車損害賠償保障法による保険金三〇万円を受取つたことは当事者間に争がないのでこれを右損害の合計額から控除すると、結局一人は控訴人ら各自に対して、右損害金の残額金一三六万六、六六七円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年六月八日から右支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する権利があることが明らかである。

五、被控訴人らの相続

しかし一人が昭和四四年六月一二日死亡し、被控訴人金田マツが一人の妻として、同竹田幸子が一人の長女として夫々法定相続分に応じて一人の権利を相続したことは当事者間に争がないので一人の控訴人ら各自に対する前記金一三六万六、六六七円の損害賠償請求権及びこれに対する前記遅延損害金請求権についても、被控訴人金田マツはその三分の一の金四五万五、五五五円(円未満は切捨て)、同竹田幸子はその三分の二の金九一万一、一一一円(円未満は切捨て)、及びいずれも右各金員に対する昭和四三年六月八日から右各支払済みまで、夫々民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を相続によつて取得したことが明らかである。

六、結論

以上の理由により、被控訴人らの本訴請求は右認定の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求部分は失当として棄却すべきである。従つてこれと判断を異にする原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九六条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹生義考 倉増三雄 富永辰夫)

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